<チョ・グァヌ氏について>

 

韓国伝統音楽の一家に生まれて

 

1965年、彼は国楽(韓国伝統音楽)の一家に生まれました。お祖母さんはパンソリの名手、パク・チョウォル(19171983年)で、彼女の歌う「春香歌」は無形文化財第五号に指定されたほど。お父さんのチョ・トンタル(1945年~)も彼女の指導を受け、パンソリの唄い手として大成しています。そんな一家に生まれたグァヌも幼いころから伝統音楽に親しみ、高校(国楽芸術高等学校)時代には伽耶琴(韓国の琴のような楽器)を専攻していました。一方で、彼が好んで聞いていたのがビージーズやアース・ウインド&ファイアー(EW&F)。そう、彼の高校時代はビージーズの「ステイン・アライブ」「ナイト・フィーバー」やEW&Fの「セプテンバー」「ブギーワンダーランド」が世界中で大ヒットしていた時期でした。そして彼はアバからも大きな影響を受けたと振り返ります。

近年ではクラシック界からも多大なラブコールを受け、ポップ・オペラ(ポップスとオペラが融合したジャンル)の歌い手として飛躍する彼は、歌謡界で独自の領域を開拓しました。同時に、ライブでは軽やかなコブシを利かせた演歌も歌い、5オクターブを自在に行き来する彼の喉が、ジャンルを超越した“グァヌ・スタイル”を生み出しています。これも、伝統音楽を体で吸収し、ハイトーンのボーカルで歌われる洋楽に魅せられたという経歴、そして声楽畑の出身でなかったという過去が作り上げたものなのです。

 

“元祖”「顔のない歌手」そして「天上の声」

 

「天上の声」「顔のない歌手」「リメイクの皇帝」「韓国のファリネッリ(18世紀に活躍したイタリア人カストラート歌手)」……美しきソプラノ&ファルセット・ボイス、5オクターブを自在に操る天才的シンガー、チョ・グァヌはいくつものニックネームを持ちます。本作は彼の「チョ・グァヌ&バラダン コンサート“東京伝説”」と題した東京での初コンサート(20091027日。会場:東京芸術劇場大ホール)の模様を演奏順にあますことなく収録したもの。クラシック・スタイルの室内管弦楽団、バラダンによる特別編成での演奏を背景に、グァヌの歌声が臨場感たっぷりにお楽しみいただけます。

196583日(陰暦)に生まれた彼が、「沼」という曲を携えて歌謡界に現れたのは1994年のこと。30歳を前にしての、決して早いデビューではありませんでした。そして、人妻への恋心を歌うというセンセーショナルな歌詞と未体験のハイトーン・ヴォイスが衝撃をもたらします。

また、彼は成功への必須条件であるテレビの歌謡番組への出演を断ったことでも注目を集めました。その理由は至極明快、そう、彼は生演奏をバックにしたライブにこだわったのです。また、「沼」を含む1集『My Fist Story』のジャケット写真には両手を大きく広げて顔を隠すグァヌが写っており、そんなこともあいまって、テレビで見かけることのない彼は「顔のない歌手」と呼ばれるようになりました。

後年、数多くの「顔のない歌手」が登場します。が、彼らとグァヌの立ち位置は全く異なり、後輩歌手が“顔を隠した”のはデビュー当初だけ。それは戦略に基づいたものでした。有名俳優主演のミュージックビデオがプロモーションを担当し、「この歌って本当はどんな人が歌ってるの?」という視聴者の関心が沸点に達したところで、本人が歌番組に登場。つまり、彼らは“じらして神秘性を施す”という手法をとったのであって、歌へのこだわりからではなかった――それと比較すれば、グァヌこそが“真の”そして“元祖”「顔のない歌手」と呼べるのです(ここ数年はテレビで彼の姿を見る機会も増えました。意外にも(失礼!)トークがイケるのに驚きました)。

デビュー・アルバムはミリオン・セラーとなり、続く2集(1995年)は異例の300万枚というセールスを達成しました。これまでに発表した正規アルバムの枚数は10枚を数え、加えて5枚の特別アルバム、2枚のライブDVDも発表しています。延べの販売枚数は1,000万を超え、国民的な支持を集めているのです。